事実、ぼくの短足人生はここからはじまっているのだ。

 

そうね、カルテットも終わっちゃって、ぼくを支えるものがなくなってきています、alnicoTOKYO代表・澤田恭平です。

 

 


実家、なくなっちゃうんで想い出を回収してきた。
そこで感じた大切にされていたという事実。


 

ぼくが18歳まで育った街。

 

まあいわゆるベッドタウンで、いい意味でも、わるい意味でも何もない街。

 

そんな実家を取り壊すということになり、久しぶりに戻ってみた。

 

戻ってわかった、愛がそこにはあった。

 

もう戻らないカタチだけれども、そこには存在していたんだなあと。

 

 

 

 

きっと弟が生まれた頃だから30年以上前。

 

カラー写真でよかったとおもう。(平成生まれ!なめんなよ!)

 

知ってる人は知っているアバンギャルドな家族なので二度とこのメンバーで写真に収まることはないのですが、たしかにここには愛があったんだなあと。

 

感謝してますよ、ボンクラなりに。

 

卒業アルバムというパンドラの箱を開けてしまった。

 

 

こんなことしているから、全然片付けは進まない。

 

 

いちばんの暗黒期、中学校。。。

 

 

やはり高校生の眉毛は糸のようだね。

 

 

まああんまりかわんねえな。

 

 

勝手に載せていいものかどうか。

まあいいか。

母親に怒られるのは慣れている。

 

35年のベテラン選手だぜ??

 

この写真が出てきて、弟と思わず大爆笑したんだけど、普段空き家状態の我が家からゲラ笑いが聞こえてきたせいか近所の方から通報される寸前だったのは内緒な。

 

 

そして一冊の本を見つけた。

 

 

”きょうへいくんの成長記”

 

 

そこには手書きでオフクロが書いたぼくの成長記。

何時に寝た。とかミルクをどれだけ飲んだ。とか。

 

思わずね、涙が出たよ。

 

それは花粉のせいなのか、ホコリのアレルギーなのか。

 

それはわからないけれども、ぼくも家族をつくってみたいなと思った。

 

いま美容師として触れ合う家族のみんなからもシアワセをおすそ分けしてもらってよく想う。

 

春だもんね、春。